私とDHCの出会い

私とDHCの出会い一覧へ戻る
 

人に何かきっかけを与える仕事がしたい。その想いを胸に進学した大学で、チアリーディングに熱中。

“テレビや雑誌、広告などの制作に携わって、人に何かきっかけを与える仕事がしたい”。高校卒業後の進路を決める時期を迎え、自分の将来を考えたとき、そんな想いが強くなりました。それは、それまでメディアから受けた情報によって自分の人生が動いた瞬間がいくつもあったことに気づいたからです。そのため、高校からエスカレーター式で内部進学できる附属大学ではなく、マスコミやメディアについて学べる学部がある大学を選んで受験しました。

入学してからは応援団チアリーディング部の活動に熱中。チアリーディングは見た目の華やかさとは対照的に、とても激しい動作を伴うスポーツであり、練習も過酷でした。入部当初20人もいた同期が、最終的には3人に減ってしまうほど。しかし、そんな中でもがむしゃらに活動を続けた4年間は、今の自分を形成してくれた大切な期間だったと誇りに思っています。おかげで、どんなに大変な状況であっても、前向きに捉えて乗り切れる自信がつきました。

 

大学OBのアドバイスを通じて見つけた自分が本当にやりたい仕事、行きたい会社。

いよいよ就職活動の時期を迎えた大学3年生の冬。マスコミや広告代理店などを中心に就活を始めていた私に運命の出会いが訪れました。「メーカーの中には広告を自社でつくる部門がある企業もあって、マスコミや広告代理店でなくてもそういう仕事はできるよ」。ある大学OBにそんな言葉をかけられたのです。それまでそんなこと思いもつかなかったので、思わずハッとさせられました。

そしてメーカー志望に転向して真っ先に頭に浮かんだのが、DHC。母の影響で中学生の頃からスキンケアアイテムを愛用し、毎月届く会報誌「オリーブ倶楽部」も愛読していて、まるで自分の一部のような存在だったからです。早速、DHCの会社説明会に参加。社内に広告やカタログを制作する部署があると聞いたときは心が震えました。自社制作しているメーカーは珍しく、「私にぴったりの会社。ここしかない!」と。そして、大好きなDHCと人との出会いをつくれる人間になりたいと思いました。

 

DHCアイテムと人が出会うきっかけをつくる仕事。自分の夢の実現がここにあった。

DHCアイテムとともに生活してきた私は、ありがたいことに肌を褒められることが多くありました。私の肌をつくってくれたのは、DHCスキンケアと母の存在です。母は私に、乾燥が気になり始めた中学生の頃からDHCの化粧品やクリームを買ってくれたのです。そんな私だからこそ、DHCのアイテムと人が出会うきっかけを与え、多くの人の美肌を叶えて笑顔を増やしたい。

それは、「人に何かきっかけを与える仕事がしたい」という高校時代からの強い想いにも繋がります。そして就活のなかで、DHCには広告やカタログなどを自社制作するクリエイティブ課や編集部といった部署があり、また新卒でそのような部署に配属される可能性もあると知り、DHCへの入社を決めました。

 

広告制作を担う部署でつかんだ天職、“進行管理”のプロフェッショナルをめざして。

現在私は、紙媒体の広告物を制作するクリエイティブ課に所属し、進行管理係を担当しています。進行管理係の仕事は、ライターとデザイナーが制作した広告の校正・校閲や、制作スケジュールの調整などです。実は私が校正・校閲という仕事を初めて知ったのはDHC入社後の研修期間。実際に携わってみてすぐにその面白さと難しさに夢中になりました。小さい文字を見るのも、資料と突き合わせて、「この言い回しでいいのか」を考えるのも、とても頭を使います。

もし広告に誤りがあった場合は、お客様や会社に損失を与えてしまう可能性もあり、責任は重大。お客様が安心してお買い物できるよう、わかりやすく魅力的な広告制作をめざしています。この進行管理係の仕事に就けたこと、尊敬する先輩方に囲まれて仕事をできていることに感謝しています。大学時代のチアリーディング部での経験で得た継続する力を活かして、これからも進行管理のプロフェッショナルとしての専門性を極めていきたいです。

Next Story